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執筆者の写真嘉孝 井上

落語の心理的効果

 8月のお盆休みを利用して、大学院生さんたちとの研究会で落語鑑賞に行ってきました。

大阪にある天満天神 繁昌亭で、夏ならではの「怪談噺の夕べ」と題された公演でした。落語四演目と講談一演目、どれも幽霊が関係する熱のこもった語りで、あっという間に時間が過ぎていきました。


 そのあとの大学院生たちとの振り返りでは「落語の効用」、つまり「どんな話でも最後は笑いで落とす」という話術がもっている心理的効果が話題となりました。怪談噺の恐怖や不安感も、人間関係のドタバタにまつわる一喜一憂や懸念も、最後は「わっはっは」と笑いで締めくくる。そして、ひとしきり心を動かした観客たちは、また日常空間に戻っていく。この仕掛けがどこかカウンセリングにも通じるというのです。

 カウンセリングは基本的に、時間と場所を決めて行います。そうすると、日常生活のなかに特別な時間と場所が生まれてきます。つまり、カウンセリングは日常のなかに、日常と連続しながらも何らかの「非日常性」をもたらします。それが、特別な時間と場所だから苦しい問題に集中できること、そこだから肩の荷下ろしができたりカタルシスがもたらされること、心の深みに降りていくけれどもまた現実に復帰できること、などなどの効果を発揮するのです。


 さらに、落語に登場してくる人びとは、酒飲みだったり、放蕩息子だったり、考え足らずで失敗ばかりだったり、どこか「ダメ」な人たちが多いようです。そうした点に関連して、立川談志師匠は「落語とは、人間の業の肯定である。」と述べているそうです(立川談慶著『落語はこころの処方箋』)。ダメな奴だな、しょうがないな、と笑い飛ばす。けれども、そのダメな奴は自分たちの中にもいるじゃないか。それは単に、自分自身の欠点や課題を否認したり、傷をなめ合うような合理化などではなく、深層心理学がリビドーと呼んだような、人間共通の深みの部分を直視しつつ、受け止め、受け入れていく作業でもあるのではないでしょうか。


 大いに心を動かして外に出てみると、夏の夜が暮れていく時間の中で、だんだんと閉じられていく繁昌亭さんの景色にはたいへん風情がありました。寄席という空間・場もまた、こうした作用を生み出すために重要な働きをしているようです。ぜひいつまでも大切にしたい日本の文化ですね。



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