当オフィスでは,心理臨床の専門家に向けたスーパーヴィジョン(臨床訓練・アドバイス)を行っています。大学院生さんだけでなく,臨床心理士・公認心理師資格を持った方からの問い合わせもいただいています。
ここでは,やや長文になりますが,当オフィスでのスーパーヴィジョンの方針をお伝えしておこうと思います。スーパーヴィジョンを受けることをご検討いただく際には,私が書いたいくつかの論文等のほか,以下にお示しする深層心理学・心理療法に対する考え方もご参考にしていただければ幸いです。
(もし,井上(2016)にアクセスできる方は,そちらも別途参照していただけると私のスタンスがよりよくお分かりいただけるかと思われます。)
カウンセラー探しはもちろんのこと,スーパーヴァイザー選びはたいへん難しいものです。私自身はご縁に恵まれて,数名の素晴らしいスーパーヴァイザーの先生から良いご指導を受けることができました。そこでは私が考えたいことを後押ししていただき,考えるべきことへと軌道修正してくださったように感じています。
しかし,一時期はなかなか良い先生が見つからず,何年間も困っていたことがありました。色々な先生の論文やご研究などを拝読すると,その理論的・臨床的オリエンテーションは推測できます。学会など,公的な場所での発言や事例コメントも見聞きすることができます。しかし,スーパーヴィジョンは長期間に渡って個別の指導を受けるものですから,その先生の公的ではないお人柄や具体的なやりとりの感触がわからないと,なかなかスーパーヴィジョンを申し込むまでの勇気が出ませんでした。
本文で,そのあたりの感じが少しでも伝われば幸いです。
私自身の理論的・臨床的背景としては,深層心理学,とりわけユングの心理学をバックボーンとしています。そうすると,夢分析とか箱庭療法を臨床場面で常に行っているかというと,必ずしもそういうわけではありません(もちろん,それらはきわめて有益な技法であると思いますが)。目の前にしたクライエントさんの心理的なテーマをより深く理解して,今もっとも適切であろうと考えられる言葉・技法を選択して,やりとりしていきます。そのやりとりのなかで,見立てや取り組むものごとは随時修正していきます。
そうすると自分の立場は「折衷的・統合的心理療法」なのかというと,あまりそのようには考えていません。深層心理学とは,ひとつの技法・何らかの行為ではなく,さまざまな現象を見つめる「視点」といえるのではないでしょうか。つまり,あるクライエントさんに対して認知行動療法的な手段を用いたとしても,カウンセラーが深層心理学的な視点を持っていることによって,より広く深い視点からそのケースのプロセスとその心理学的なテーマを理解し,関与することができることになります。
こうした視点を持たないとき,例えばクライエントさんのうつが治ってよかったと思っていたら,本質的なその人の変化が生じていないことにカウンセラーが気づかず,うつの再燃を繰り返す,というようなことになりえます。そのような場合にカウンセラーが見立てた「このクライエントにとっての本質的な変化とは何か」をご本人に直接伝えるかどうかはケースバイケースとして,少なくともそれをカウンセラーが理解できているか否かは,臨床において決定的に重要なことであると思います。
こうした意味において,臨床心理学の理論・技法はさまざまありますが,深層心理学は他の理論よりもメタレベルにあるといえますし,そのような視点をもって見立て,関わることがすなわち深層心理学的な心理療法だといえるのではないでしょうか。逆に言えば,たとえ夢や箱庭を扱っていても,「無意識」という言葉を使っていても,深層心理学的な視点を持っていなければそれは深層心理学的な心理療法ではなさそうに思えます。
私はこのような意味における深層心理学的なケースへの見方,関わり方をスーパーヴァイジーのみなさんに培ってほしいと思っているのですが,その手掛かりになるのが,スーパーヴァイジーそれぞれの感性であり,個性(広い意味における「逆転移」)であると考えています。スーパーヴィジョンでは,スーパーヴァイジーの方が臨床の場でクライエントさんを前にして何を感じ,何を考えたかお聞きし,それをもとにケースを見立てていきます。
つまり,スーパーヴァイジーの体験・思考・感情・感覚などをベースにしてケースを考えるわけですから,この作業は,それぞれのスーパーヴァイジーの個性を活かした臨床姿勢を培っていくことになりますし,それぞれが自分らしいカウンセラーになっていくことでもあり,少し大げさに言えば,自らの「深層心理学」を構築していくことに他なりません。こうしたことが,上述した「目の前にしたクライエントさんの心理的なテーマをより深く理解して,一番適切だろうと考えられる言葉・技法を選択」することにつながります。
スーパーヴィジョンでは,それぞれの方が何よりも自らの個性・感性を活かしたカウンセラーになってほしいと考えています。少々語弊がありますが,「良いカウンセリング」「正しいカウンセリング」は目指さなくてよいのだろうと思います。深層へのまなざしがあれば,カウンセリングでやっていること(現象・行動的側面)は,家族や仕事の話でも,日常的習慣の調整でも,創作活動でも,一見雑談のような話でも,どのようなことでも構わないのです。
実のところ,このようなスーパーヴィジョンはカウンセリングで行っていることとパラレルな側面があることにお気づきかもしれません。というのも,カウンセリングではクライエントが日々多様な取り組みをすること(現象・行動的側面)を通じて,カウンセラーはその心理学的なテーマを汲み取りつつ,その個性化のお手伝いをしているのですから。スーパーヴィジョンの体験は,こうして様々なレベルでカウンセリング場面に活かされていくように思います。
みなさんが自分らしいカウンセラーになっていかれることを,ひいては,クライエントに真に資する心理療法が広がることを,こころより願っています。
<参考文献>
井上嘉孝(2016):心理臨床家の人格と魂―初心から見た心理臨床―,臨床心理学事例研究 京都大学大学院教育学研究科・心理教育相談室紀要,第42号,pp13-16.
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