中央法規出版による「カウンセラーになるには?」というWeb記事について監修をさせていただきました。ここでは、そのWeb記事を参考に、カウンセラーになりたい人、すなわち臨床心理学を志す方に向けていくつか補足的な解説をしてみたいと思います。
この記事のなかで、カウンセラーに向いている人の条件として以下三点を挙げています。
1 苦しんでいる人の役に立ちたいという思いがある人
2 すぐに結論や結果が出ないあいまいな状況に耐えられる人
3 学び続けることができる人
1について、モチベーションがないことにはどんな仕事でも続けられません。とりわけカウンセラーという仕事は、人間の悩みや苦しみと共にあるわけですので、それに対する確固たるモチベーションが大切になります。作家の村上春樹さんが『職業としての小説家』(新潮文庫)のなかで、「誰でも文章を書くことはできる。しかし書き続けることはなかなかできない。」と言っていますが、持続できるということはプロとなるための条件のひとつなのでしょう。
ただし、モチベーションの強さは時として目を曇らせるときがありますね。とりわけカウンセラーという職業を目指す人のなかには、人助けをしたいという気持ちが強い人が多いわけですが、それがどのような質のものか、どのような作用を及ぼしているか、常にセルフモニタリングする必要があるでしょう。言い換えると、情熱と冷静さのバランスを保っていかなくてはなりません。スーパーヴィジョンやケースカンファレンスといった場が初学者の訓練としてのみならず、全てのカウンセラーにとって極めて重要なのもそのことと関連します。
2について、以前の当オフィスの記事「冬を越える」(2023年3月3日)「五月病について考える」(2023年5月8日)とも関連しますが、カウンセリングの場で取り組む問題はすぐに解決できることばかりではありません。あるいは、当面の問題が解決したその時にこそ、本当のこころの作業が始まるということもあります。長いトンネルから抜け出したとき、世界が大きく広がって、そこで自分はどこに向かいたいのか、目的地を探すことが必要になるようなものかもしれません。
精神科医で作家の帚木蓬生は、詩人ジョン・キーツが残した「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を紹介しています。それは「どうにも答えの出ない,どうにも対処しようのない事態に耐える能力」のことであり、「性急に証明や理由を求めずに,不確実さや不思議さ,懐疑の中にいることができる能力」を意味していて、この能力がカウンセリングや精神療法にとても大切であることを指摘しています(帚木,2017)。
また、臨床心理学者の河合隼雄は、カウンセラーとして自らが目指すべき態度について以下のように述べています。「私は自分の仕事のことをよく、『なにもしないことに全力をあげる』と表現します。つまりdoingでなく、beingが大切ということです。心理療法の根本は『そこにいる』ことであって、これが出来るようになったら、はじめて自分の心理療法は完成したと言える」(河合,2000)。
安易なアドバイスや慰めをせず、ただ聴くこと。受け難い心理的状況から逃げずに、しっかりとそこに共に居ること。それは実はとても難しいことです。聴く側のネガティブ・ケイパビリティが試されるともいえます。もちろん、問題をシンプルにして、わかりやすい答えを提供したり、取り組みやすい道筋を指し示すことも対人援助の専門家に求められることですが、おそらく、それだけではない視点や力が必要とされるときがあります。
3について、学び続けることは臨床心理士や公認心理師の職責として挙げられていることでもありますが、上記の1、2の適性とも深く関連しています。つまり、モチベーションが持続するからこそ、安易に解決できない不確かな状況を抱え続けられるからこそ、カウンセラーは多くを学ぼうと思うし、学ばなくてはならないことが見えてくるわけです。
クライエントとは、変わろう、変えようとしている人たちです。その人たちの変化と向き合うためには、カウンセラーの側も学び、変わり続けていかなくてはなりません。何か新しい知識や技法を得るといった単なる知的で技術的な意味だけではなく、それは対話と相互関係を通じた心理学の専門家としての倫理的要請でもあるのです。
<文献>
帚木蓬生(2017):ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力,朝日選書.
河合隼雄(2000):人の心はどこまでわかるか,講談社+α新書.
関連記事「臨床心理学について」(2022年8月8日)
「カウンセラーになるには? 向いている人や仕事内容を徹底解説!【臨床心理士監修】」https://www.caresapo.jp/senmon/psychological_counselor/114861
Comments